朝比奈 慧
11月19日生まれ。
1991年宝塚音楽学校に入学。バレエ・モダン・ジャズダンス・声楽・日本舞踊・演劇・ピアノ・三味線等を学ぶ。
1993年宝塚歌劇団に……

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シバスチャン

某SNSを事情があり再開したところ某同期に再会した。

 

懐かしい、相変わらず、100周年イベントの時に宝塚で再会したけど

相変わらず、シュッとしてはった。

 

学校時代はよく一緒にグループで遊びにいった、神戸のディスコみたいなとこ、あの年頃からかれこれ倍生きた私的には清正美の名のもとに芸事に励まずに盛り場に行くなんてなにごとと眉を顰めるような青春の一コマだが、アレがあってからこその今である。反動でいまは22:00には消灯したい。

 

若気の至りである。どうでもいいけど昔「若気のイタリー」だと思ってた、若かりし頃にイタリア人のように奔放に振る舞い恥ずかしいことになる、みたいな感じで。

 

彼女のマイペースぶりに周囲はいつも驚かされた、歌唱の試験の時に歌詞を忘れたらしく、ハミングしながら横揺れで乗り切ったときには「ああ、この人は本物だ」と思った。なぜか日舞の個人レッスンに一緒に通った時期があった。私は日舞は大体下から数えて5番以内の成績だったが、彼女も私のレベルに着いてきてくれるくらいの感じだったかと思う。売布神社のお菓子の工場の2階に稽古場があって、下で蒸しものを作っているせいか、稽古場の中はいつも熱く、甘い匂いが漂っていた。そのうえ、先生も超絶汗かきで、私も汗かきで、汗だくになりながら、日舞と格闘していた。そんな中でも彼女は相変わらず、マイペースにシュッとしてはった。手毬を転がす振りで、いつも手毬がバスケットボールやがな、それじゃ、と先生に突っ込まれてたのが印象的だった。

 

劇団にいるとマイペースな人は変わり者とされがちだったが、入学前に会った現役の劇団の先輩からは周りに流されてはいけないと言われた。そんなの簡単じゃん、と思ってたが以外とそれが難しい。流されなようにすることで私の心には天邪鬼が住み着いてしまった。彼女は天邪鬼が住み着くこともなく禅僧のようにマイペースだった、まぁとにかくいつもシュッとしてはった。

 

来るものを受け入れ、翻弄されることなく、流す、大変だがこんな風になりたい。

彼女のようにいつもシュッとしていたいものです。

 

 

 

 

Posted by KEI ASAHINA | 宝塚 | 10:31 | - | - |
踊りの花組
と、私がまだうら若き宝塚ふぁんの頃、そう呼ばれていた。

私至上、最多観劇数を誇る宝塚歌劇作品は花組の「キスミーケイト」だった。

旧・東京宝塚大劇場の三階の断崖絶壁席で笑って泣いて、興奮した。
大浦みずきさんのフレッド役はいまも忘れられない。本当に素敵だった。

私はこの年にして「花組」の古参ファンと自負している。
高汐巴さん、そして大浦みずきさん、あの頃は本当に良かった。

いや、今もいいと思いますよ、はい。

でもあの頃の花組には、小六の財布を空っぽにさせるほどの魔力があった(実際、財布の中身だけでは賄えないのだが…)

当時、小六ながらも花組を語らせたら松小(母校)に私の右にでるものはいなかった筈だ。

本命(失敬)は高汐巴さんだったのだが、その脇を強力に固める大浦みずきさんのダンス力、そして、都会的で甘い大人の男性の魅力。二番手だから、いつも、どこでも、トップの敵役だったり、その存在を脅かすような役回りだったり。小六の危うい妄想の中で「ああ、ぺーさんとなつめさん、どっちにしようか迷っちゃう♬」なんつってたギリギリアウトな自分がいました当時。あれを最高頂に宝塚に狂った時代がホロ苦くフェイドアウトしていったなぁ。ま、その後は別の意味でまた盛り上がったのですが(まさか自分がその世界に身を置く事になるとは思わず)

フレッド・アステアを思わせた、泥棒紳士の場面

フランス映画のワンシーンのような、初恋のダンスシーン

そして、「ナイト&ディ」

燕尾服をあそこまでスマートに着こなす男役は後にも先にもいないでしょう。

本当に全てが今も心に鮮明に残っている。

大浦みずきさん、ご冥福をお祈り致します。






Posted by KEI ASAHINA | 宝塚 | 22:57 | - | - |
朝比奈は迫力を手に入れた。
えーん、すっかしご無沙汰してました。

間違いなく体調崩してました。

まー、それでもって薬があんまり効かなくって…。

平熱と高熱の間を行ったり来たりしておりました。 

まだ、全快じゃないわけで…。

冒頭から「えーん」なんてらしからぬ語句を並べる始末。

でもそんな中、昨日は藤倉学園のショーの音合わせでした。
久しぶりのオケです、サックスとかトランペットとかのプァーッて音聞くと

「ぬあは〜ぁぁ、宝塚だぁぁ〜」と思ってしまう、私。

あのプァーッって音は私のノスタルジーの琴線にバッツリ響く訳ですわ。

いいねぇ…いつの日かプァーッを独り占めしたいね。

というわけでチベットの寺に例えるならば高僧揃いの音合わせで緊張の79期生。

そして小学校ときに調布グリーンホールで「オラ、ぜってい宝塚いくだ」と決心をさせてくれた当時の憧れのトップスター高汐巴さんとお会いしました。万歳!ご挨拶に行ったら「おお、凄い迫力だね」と言われた。う〜ん、これは私の身体が最近デカイからか?いやこれはポジティブに解釈して貫禄が出てきたという意味と取れ、元トップスター様から迫力あるなんて言われて光栄と思え、33歳の私。…嗚呼、その迫力あるこの私は、あの日、微風のマドリガルの全国ツアー、調布グリーンホールの通路沿い6列目で最後まで高汐さんに手を降り続けた小六のあの少女ですよ。楽屋に突然行って、なんだか訳のわからない置物(当時の私的には高評価のプレゼント)をお渡しするために呼びつけた、無法者のアイツですよ。

な〜んてことはぜってい言えないけども。

でもVHSの画像がちょっと変なことになる位に何度も見た、あの作品やら、あの作品のテーマソングを目の前で歌ってはるぅ…。しかも「ここどうやって歌うんだっけ?」と私の隣からお問い合わせ頂いているぅ…。わからない、どうやって歌うのか、それは分からないけど…嗚呼、小六の私にこの光景を見せてあげたい。


迫力のあるこの私を…。


皆さんも迫力のある私を是非見にきてください。
チケットお取り次ぎ致します。
お申し込みは17chメーまで。




藤倉学園チャリティーショー

日程:2009年6月29日(月)
会場:ル・テアトル銀座 (http://www.theatres.co.jp/letheatre/)



Posted by KEI ASAHINA | 宝塚 | 19:35 | - | - |
清く正しくあまのじゃく 十九天邪鬼
花粉症で死ぬ思いの日々を過ごしております。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

気が付けばこのダラダラな思い出日記も気が付けば19回も続いていて
本当は17回くらいで終わらせようと思っていたのに…
持ち前の計画性のなさと、飽きっぽさでダラダラやってきてしまったのだ。
(って持ち前って使うのか)

当初、芸名も一部変更するとかなんとか言っていた私。
なかなかどうしてそのことをお伝えするタイミングを逃し続けて今日に至る。
それでいて朝比奈慶のままで6月に芝居に出たりもします。
というわけで6月以降になんとなくなにげなく皆様にお伝えいたす次第です。

というわけで公演の告知です。

ブリングアッププロデュース 
ご都合主義で行こう!Part 『へっぴり腰で行こう!』
  
日時 2007年6月2日(土)〜10日(日) 全10回
会場 銀座 博品館劇場

詳細はコチラ↓
http://www.bring-up.co.jp/produce-gotsugo.htm

マザーでお世話になった三ツ矢さんのカンパニーにまたまたお世話になります。
そしてメガヒットアニメの豪華声優陣の皆々様…。私既に腰引けてます。へっぴり入ってます。

ってついぞ寄り付かなくなった銀座エリアでの公演というのも、腰引け要因だったりして。

ではでは皆様のお越しを心よりお待ちしております…。





Posted by KEI ASAHINA | 宝塚 | 19:49 | comments(0) | - |
清く正しくあまのじゃく 十八天邪鬼
すっかりご無沙汰しておりました。皆様お元気でしょうか?

もうそろそろ私が宝塚歌劇団を退団してからまる五年が経とうとしております。
確か、退団のときに作った挨拶状に「明鏡止水」と書いたようなおぼろな記憶が…
確か、先日あの堀衛門が公判前に言っていた言葉も明鏡止水だったような…
ま、確かに何のわだかまりも無く澄みきった心かもしれないけども私もちょっとだけ身の丈を粉飾したかもしれないけども…踵の高い靴でね、ええ。そんな粉飾総決算な退団公演期間というのは、何かにつけて退団者を盛り上げるイベントが行われたりする、鏡前は白く飾られて、退団者は白装束に身を包む…決して宗教ではない。されている側の気分的にはウルルン滞在記に近い感じである。退団という一つのイベントを盛り上げてくれる同期や周りの先輩、後輩。その神輿に乗っかって感動しまくる退団者達。私の場合はきっとそれまでの行いが悪く誤解を招いたのか、退団イベントを盛り上げたのは放送禁止に近い鏡前だったり、何故か背中に日の丸が付いた白いガウンだったりした。さすが同期生よ…私の中に眠る三島由紀夫な部分を見逃さないのね。そんな中、退団を決めて一番の心配事だった「袴に草履で階段を降りる」練習をする日がある。そう、最期の大階段はやはり凛々しく降りたいものです、下を向いて覚束無い足取りで降りたら一生後悔するに違いない。踏み外しでもしたら、その後の人生も踏み外すに違いない。練習は一回だけ、その日は本番の袴ではなく、同期が作った白装束で階段を降りるのだ。私は、日の丸を背中に背負ったものの、何か別の素敵なサプライズを同期に期待していたが、同期が私に手渡したのは、白いヘルメット、白い軍手、そして、日章旗だった。そのうえマスクを手渡し顔を隠せと言う…、おい、私に何をさせる気だ。朝日な慶はお国の為に頑張りますか。ま、しかしある意味、凛々しい、背筋も伸びる思いで大階段を降りる練習は出来た。そして、本番当日、同期と日の丸ともしかしたら天照大神にも見守られて無事階段を降りて、前日に考えた挨拶を無事にすることが出来た。頭を下げ、拍手を受け、達成感と安堵のなか列に戻ろうとした瞬間…草履が脱げた…どっと沸く客席。嗚呼…明鏡止水。



Posted by KEI ASAHINA | 宝塚 | 02:33 | comments(0) | - |
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