朝比奈 慧
11月19日生まれ。
1991年宝塚音楽学校に入学。バレエ・モダン・ジャズダンス・声楽・日本舞踊・演劇・ピアノ・三味線等を学ぶ。
1993年宝塚歌劇団に……

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サウナー

一年前は自分がこんなにもサウナを愛するようになるとは思わなかった

 

思えばサウナと私の歴史は小学校の頃に通っていたスイミングスクールの時代に遡る。サウナ完備のスクールでシャワーのあと半ば強制的に入らされていた、思えば鬼コーチの鬼シゴキが横行していたスクールで、サウナも強制入室そしてサウナの中でコーチの説教タイム、ということで私のサウナの第一印象は悪い。

 

そのあと少し大人になって、劇団に入って、給金のほとんどを日々のマッサージ代に使うという満身創痍な日々を送る中、またしてもサウナに出会った、神戸サウナだ。思えばサウナーの間でも評判の神戸の名店、ここのレディススパはとても綺麗で、なんだかちょっとお金持ちな神戸マダムになった気分になることができたのでお気に入りだったが、しかしサウナというよりここでもメインはマッサージ、とにかく20代前半は女子力とかなんかよりも体の疲れと凝りをほぐすことに全エネルギーを注いでいた、うむ、凄腕マッサージ師とか整体師とか好きになっちゃうよねあるある、なタカラジェンヌだったのである。

 

体の凝りもさることながら、幼い頃から神経質で、自律神経系がヤバい私は、宝塚時代からありとあらゆる自立訓練法を試して現在に至るわけで、そのありとあらゆる中には、眉毛が唾でびっちょりするほどの超眉唾ものもあったりするのだが、ここに来てやっと出逢ったサウナの魅力、というか威力、運命の人にやっと会えたね、とガールズ的な歌詞で締めくくりたいほどの運命の出会いなのだ。

 

一年前くらいに読んだタナカカツキさんの「サ道」という一冊の漫画に感化され、いままでどちらかというと不得意だったサウナからの水風呂へ挑戦したのがきっかけ、水風呂からの休憩の時、本の中にもあるように完全にトリップしたのである。私はお酒は全く飲まないので、酔っぱらっていい感じになったらこんな感じなんだろうか、いや、そんな安いもんじゃない、この脳内物質ドバァ感は、スーパー銭湯の片隅で完全に宇宙とつながったんですもの、スーパーコズミック銭湯、ヤバい。というわけで今ではすっかり「サ道」を求道する者である。おかげ様ですこぶる調子がいい。落ち込んでいる人とかに言いたい、自暴自棄になってお酒飲むお金があるのならサウナにゆけ。Facebookとかみて人の人生うらやんで堕ちてるひまがあるならサウナにゆけ。劇団四季のハムレットなみに母音を大事に声を大にして尼寺ならぬサウナへゆけ、いってしまえ、と言いたい。

 

 

Posted by KEI ASAHINA | 日々 | 21:08 | - | - |
コール・ポーター

私が本物の中二だったころ、いまは四十路を通り越しても永遠の中二なんだが

当時上演中だった花組の「キス・ミー・ケイト」にめちゃくちゃ嵌っておりました。

 

言わずとしれた当時の花組のトップスター大浦みずき様のお披露目公演

当時にしては珍しいブロードウェイのミュージカル。作詞・作曲はかのコール・ポーター様。

このサントラが大好きでMGM版を最近ヘビーにローテーション状態で聞いております。

 

自分的にはあまりミュージカル脳ではないのだけど、このオーバーチュアからのわくわく感

そして東京宝塚劇場の一番標高の高い三階席からほぼ出演者の頭頂部しか見えない状態なのにもかかわらず

わくわくしていた中二の頃の思い出が相まって涙がでそうなのである。

 

中でもほぼ三階からはピンクのかつらしか見えなかったけど、真矢みきさんのジョーの役が大好きだった。

宝塚を観てお腹痛くなるまで笑ったのはあれが最初でもしかしたら最後だったも。

宝塚でもこんな面白する人達がいるんだと、うわぁ、私も宝塚に入って面白部門に入りたいと胸を熱くした。

奇しくもそれから四年後に三階の一番標高高いところにいた私があの板のうえに、そして憧れだった方々と

同じ板のうえに立つことができるとは夢にも思わなんだなのである。花組所属と決まったときには

なつめさんが築いた「踊りの花組」に何故に体育の成績が万年2、音楽学校時代はトゥシューズを履いて

踊る姿を見ているだけで、見てるこっちがケガしそうで怖いんですけどと言われた私が…と絶望した。

隣で花組配属を望んでいたが別の組に配属されてがっくりしてる同期を見て、真剣にトレードができぬものかと悩んだ。

 

いまとなっては花組で過ごした時期は大変だったけど、いい思い出。

音楽は記憶だ、いろんなことを思い出したのである。

 

で、いままで、神奈川の最果てで島流しのごとく隠居に甘んじ海ばっかり見てたけど

やっぱり歌をやろう、といや、いちからやりなおそうと思った。お金とれるレベルまでもう一度。

 

というわけで、なにかします際にはまたよろしくお願いいたします。

 

キス・ミー・ケイトの中でも一番好きな曲「From This Moment On」を私の大好きなJay Kayが

ビックバンドで歌ってらっしゃいます。なつめさんのは見つからないなぁ…やっぱり。

 

 

 

 

Posted by KEI ASAHINA | 日々 | 19:49 | - | - |
ヒーロー

     

          

 

アイアンマン一作目からマーベル実写映画をこよなく愛する私だが、遅ればせながら観たデッドプールが我が愛しのアラカンならぬベネカン様のドクターストレンジを超えたマイフェイバリットヒーローとなる。ヒーローらしからなぬお下品満載だけど、正義のためなら民間人を犠牲にするかどうか論争で正義のアメリカの代行謝罪映画みたいになっちゃったアベンジャーズシリーズに、うっさいわ、アメリカンめと思ってた矢先に観たゆえ、なおのことお気にいっちゃったの。お酒はぬるめの燗がいい、ヒーローはゆるめの漢がいいのである。しかし、スーツアクターの動きとかはめちゃくちゃカッコいい、他の特殊能力ヒーローと比べると、不死身だけが取り柄の彼だが、第四の壁を越えてくる部分も含めて、なんだか手に届きそうなヒーロー、今会えるヒーロー、週末ヒーローみたいな感じでいい。話は飛んで、昨日3月7日は私が宝塚を辞めてから一番最初に共演した俳優の祐木鎧さんの十四回目の命日で、デッドプールのアクションを観てふと彼の立ち回りを思い出したりして、ああ、JAC出身の彼はVFXとか駆使しないでもリアルにマトリックスの動きを再現していたなぁとか思ったのである。本当に才能の塊のような人だった。あれから14年、アメコミヒーローが続々とスクリーンに登場し、シン・ゴジラが川崎を襲い、ミュージカルは2.5次元になり、レミゼラブルは映画にもなっている、そして音楽はまだ鳴り続いている、彼が生きていたら…なんてことを昨日墓前で彼のお母様としみじみお話した。

 

でもそんなふうにして

本当のヒーローはいつまでも人の心の中に生き続けるんだ。

Posted by KEI ASAHINA | 日々 | 20:55 | - | - |
2017年03月01日のつぶやき
23:44
騎士団長殺し、劇団鹿殺し、団と殺ししか合ってないけどそれしか思い浮かばん
Posted by KEI ASAHINA | 戯言 | 02:50 | - | - |
2017年02月26日のつぶやき
21:31
オザケンのLIFEを阪神淡路大震災頃によく聞いてたな、懐か刹那い
21:36
バナナブレッド作りにハマってる。お菓子作るのって科学の実験的な要素が大きい。目分量だと必ずしくじる。Oザッパな私だがこのときばかりはスケールできっちり軽量する。
Posted by KEI ASAHINA | 戯言 | 02:50 | - | - |
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